山口地方裁判所 昭和39年(行ウ)9号 判決 1968年2月19日
原告 高野正男
被告 山口県知事
主文
被告が原告に対し昭和三九年一月二四日付で宇部市大字際波字竹ノ下二一九六番地一反八畝二三歩についてなした農地所有権移転不許可処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
原告訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。
被告は、原告が昭和三八年四月二五日宇部市大字際波字竹ノ下二一九六番地一反八畝二三歩(以下本件土地という)についてした山田新松(本件処分時すでに死亡)からの農地所有権移転許可申請に対し、昭和三九年一月二四日付指令農地第一七号によつて農地所有権移転不許可処分(以下本件処分という)をしたが、これは農地法第三条第二項各号に該当しないにもかかわらずなされたものであるから違法である。
被告指定代理人は、原告主張の請求原因事実を認め、本件処分が違法である旨の主張は争う、と述べ、次のとおり主張した。
(一) 山田新松の相続人は本件土地の所有者でないから(本件土地中別紙図面Aの土地は生田一所有の字部市大字際波字竹ノ下二二〇五番地の一の土地もしくはこれに相応するものとして昭和二六年頃訴外長伸炭鉱および土地所有者協議の上区画決定せられ同人において時効取得した土地であり、同Bの土地は生田一馬所有の同字二二〇四番地の土地もしくは右同様の経過で同人が時効取得した土地であり、同Cの土地は石原明治郎が昭和二七・八年ごろ福田俊明から贈与を受けた同字二二〇三番地の土地もしくは石原明治郎が右同様の経過で時効取得した土地であり、同Dの土地は松田寿雄が長伸炭鉱と協議の上交換によつて取得した土地であり、同Eの土地は藤田金一が昭和二四年頃山田新松から交換によつて取得しその後藤田登の所有に帰したものもしくは同人が時効取得したものであり、同Fの土地は田中利三郎が昭和二三年頃山田新松から取得しその後転々譲渡され現在山田忠次郎の属するものもしくは同人において時効取得したものである。)山田新松の相続人から原告への本件土地所有権移転のためには山田新松の相続人において本件土地の所有権を取得する必要があるところ、同人は耕作または養畜の事業を行なわないと認められ同人への本件土地の所有権移転は不許可となるべきものであつて、同人から原告への本件土地の所有権移転は相当期間内の具体的実現性が認められないから、農地法第三条第二項第二号および同項第五号、第八号の趣旨に徴してなした本件処分は適法である。
(二) 前記Dの土地は大井桃一が昭和二八年ごろ前記松田寿雄から賃借してこれを小作しているから、農地法第三条第二項第一号に該当するとしてなした本件処分は適法である。
原告訴訟代理人は、被告主張の事実を否認し、山田新松は昭和二五年一二月一日本件土地について所有権移転登記を経由し、登記はその後移転しておらず、被告主張の本件土地の各所有者はいずれも所有権者としての登記を具備していないから、本件処分が適法である旨の主張は争う、と述べた。
(証拠省略)
理由
被告が原告に対し昭和三九年一月二四日付で本件土地について本件処分をしたことは当事者間に争いがないので、本件処分が適法になされたものであるか否かについて判断する。
(一) 先ず被告主張の(一)の点についてみるに本件処分は宇部市大字際波字竹ノ下二一九六番地である本件土地についてなされたものであつて同二二〇五番地の一、二二〇四番地、二二〇三番地についてなされたものではないから、本件土地が右二二〇五番地等と同一の土地である旨の主張を前提とする被告の主張は全く理由がない。また、都道府県知事の農地所有権移転不許可処分の権限は、農地法第一条に明らかなように自作農の創設維持という行政目的を達成するために与えられたものであつて、当該農地の所有関係を確定することを目的とするものではないから、譲受人において所有権を取得する可能性がある以上、たとえ登記簿上の所有名義人の所有資格について争いのある場合においても、行政機関たる知事において、みだりに実体上の所有関係を穿鑿して農地法第三条の許可を拒む権限はないと解するのが相当であり、まして、所有名義人以外の第三者の時効援用に先き立つて時効完成による第三者の所有権を認定してほしいままに所有名義人の所有資格を否定することが許されないことはいうまでもない。被告としては、たとえ本件土地の一部について登記名義人以外の者から所有権を取得したと主張する第三者があつたにしても、まず実体上の権利関係を表象する登記簿の記載に従つて所有権の存否を判断するのが相当であり、またたとえ藤田金一、田中利三郎らにおいて本件土地を登記名義人である山田新松から交換取得したとしても、右所有権移転についての登記がないかぎり、本件土地の所有者が同人らの承継人であつて山田新松の相続人ではないと判断することはできず、しかも、成立に争いのない甲一号証(登記簿謄本)によると、山田新松は昭和二五年一二月一日本件土地について所有権移転登記を経由し登記はその後移転していないことが明らかであるから、山田新松の相続人が所有者でないとしてなした本件処分は適法である旨の被告の主張は、その余の点につい判断するまでもなく、理由がない。
(二) 次に被告主張の(二)の点についてみるに、農地法第三条第二項第一号によれば、都道府県知事は、小作地については小作農およびその世帯員ならびにその土地について耕作の事業を行なつている農業生産法人以外の者が所有権を取得しようとする場合は、その者への所有権移転の許可をすることができない旨定めているが、右の小作農又は農業生産法人は当該農地の所有権者から小作権の設定を受け(又はその者からさらに小作権の設定もしくは移転を受け)所有権者に右小作権を対抗できる者であり、当該農地の所有権者であるか否かの知事の判断は、前段説示と同一の理由からまず登記簿の記載に基づいてなさるべきである。ところが、所有権に基づき小作権を設定した松田寿雄が本件土地について所有権者としての登記を具備している旨または登記名義人である山田新松から所有権を取得した旨の主張、立証はなく、かえつて、本件土地の登記関係は前記認定のとおりであるから、右土地について被告主張の各小作人があるから、本件処分は適法である旨の被告主張は、理由がない。
よつて、本件処分が適法である旨の被告の各主張はいずれも理由がなく、本件処分の取り消しを求める原告の本訴請求は理由があることとなるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡村旦 大須賀欣一 大前和俊)
(別紙図面省略)